東京駅開業100周年記念 特急「富士」(JR東日本)&東京駅見どころ特集 
鉄道関連趣味の部屋
2014年(平成26年)12月19日(金)に、東京駅開業100周年を記念して団体臨時列車の特急「富士」が東京~伊東間にて運転されました♪
この特急「富士」は、「東京駅開業100周年記念ツアー 復活運転!! 特急『富士』で行く伊豆の旅」にて運転されたもので、
青森車両センター所属の24系寝台客車6両を、高崎車両センター所属の「EF65 501」がけん引しました。
なお、このページの下のほうでは、東京駅開業100周年ということで、東京駅構内にある見どころなどを特集してみました☆

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東京駅開業100周年記念 特急「富士」(JR東日本)
東京駅開業100周年記念 特急「富士」(EF65-501+24系寝台客車6両) 2014年12月19日(金)[14:31]撮影

 東海道線(下り線)の横浜(東戸塚)~戸塚間を戸塚駅方面(大船・熱海方面)へ行く、東京駅開業100周年記念・特急「富士」です。

 2014年12月20日(土)に東京駅が開業100周年を迎えるのを記念して、2009年3月に定期運転が終了となった寝台特急「富士」(ブルートレイン)を団体専用臨時列車として復活運転させるツアー「復活運転!! 特急『富士』で行く伊豆の旅」において運転されたもので、高崎車両センター所属の「EF65-501」が、青森車両センター所属の24系寝台客車6両をけん引しました。

 この団体臨時列車の特急「富士」は、東京駅を14:00頃出発し、伊東駅に16:13頃に到着する予定となっていました。

 伊東駅に到着後は、ツアー客の方達は、事前に申し込みをした翌20日(土)における3種類の伊豆での観光コースごとの伊東温泉の旅館(A・B・Cコース)にて1泊し、翌20日(土)には、天皇皇后両陛下をはじめ皇族の方々や国賓の方達が乗車される「特別車両」を連結することでも知られるハイグレード車両「E655系 なごみ(和)」に乗車して、伊東駅(16:30頃発)から東京駅(18:25頃着)まで帰ってくるという旅程だったようです。

 今回使用された「24系寝台客車」は、1973年~1980年にかけて国鉄時代に量産された寝台客車で、1980年代中期以降は、改造個室寝台車の開発や他の系列からの編入改造などで、多彩なバリエーションが生じているそうです。

 なお、けん引機の「EF65-501」の車両前面に取り付けられた「富士」のヘッドマークは、埼玉県さいたま市大宮区にある「鉄道博物館」が所有する往年の寝台特急「富士」に使用されていた本物が使用されていたそうです。


 (※詳細「鉄道ファン railf.jp 鉄道ニュース」、「Wikipedia」など参照)


 2014.12.19(Fri)[14:31]現在






東京駅探訪♪ 見どころ特集★

東京駅
東京駅丸の内駅舎(赤レンガ駅舎)

 東京駅の丸の内駅舎(赤レンガ駅舎)を、西側(皇居側・行幸通り)から撮影したものです。

 東京駅の駅舎は、辰野金吾氏と葛西萬司氏により設計、大林組により建設施工されて、1914年(大正3年)12月20日に開業し、その後、中央本線と東北本線が乗り入れ、1929年(昭和4年)に八重洲口が開設されるなど次第に発展していったそうですが、太平洋戦争末期の1945年(昭和20年)5月25日のアメリカ軍による東京大空襲により大きな被害を受けたそうです。

 そして、戦後に応急的に修復工事がなされ、そのまま約60年が経過したそうですが、2007年(平成19年)5月30日から東京駅の復原工事が開始され、2012年(平成24年)10月1日に完成し、現在の姿となったようです。


東京駅構内の展示パネルにて掲載されていた辰野金吾氏


 2016.11.12現在





丸の内北口
丸の内北口

 東京駅の丸の内北口(上野・大宮寄り)の様子を撮影したものです。

 ドーム内には、人目を惹く美しいレリーフが施されていますが、このレリーフのデザインは、南北のドームともに同じとなっているようです。

 大きなワシ(鷲)の彫刻の存在にはすぐ気が付きますが、よく話題になる「干支」の彫刻はワシよりも小さく控えめです。

 「干支」の彫刻は、八角形のドーム内の各コーナーに、十二支のうち八支の彫刻がそれぞれの方位に配置されているそうです。

 残りの東西南北の方位を示す四支となる、子(ね/ねずみ)、卯(う/うさぎ)、午(うま)、酉(とり)は東京駅内には存在しないということだったのですが、近年、東京駅を手掛けた辰野金吾氏により同じく建築された佐賀県の武雄温泉にある「武雄温泉楼門」(国の重要文化財)にて、残りの四支の存在が確認されたのだそうです。

 東京駅が開業したのが1914年、「武雄温泉楼門」が完成したのが翌年の1915年ということで、両者の干支の関連性は高いのではないかと考えられているようです。


 2016.11.12現在
ドーム内のワシ(鷲)の彫刻

 北ドーム内のワシ(鷲)の彫刻を撮影したものです。

 このワシの彫刻は、翼を広げた姿で約2.1mの大きさなのだそうで、八角形のドーム内の各コーナーに、計8羽取り付けられています。

 ドーム内のワシと干支の彫刻は、創建時の意匠を忠実に再現したものなのだそうです。

 2016.11.23現在


ドーム内の干支の彫刻「戌(犬)」

 北ドーム内の干支の彫刻「戌(犬=イヌ)」を撮影したものです。

 「戌(イヌ)」は、ドーム内の西北西(北西微南)の方位に設置されているようです。

 ドーム内の干支の彫刻は、灰緑色の円形を背景に「ガラス繊維強化石膏(GRG)」により制作されているそうです。

 2016.11.23現在


丸の内北口改札口の様子

 東京駅の丸の内北口改札口の様子を撮影したものです。

 今日も多くの人が行き交い、日本の巨大ターミナルの1つとしての役目を果たしています。


 2016.11.12現在



丸の内中央口(皇室専用玄関)
丸の内中央口の様子

 東京駅の丸の内中央口(皇室専用玄関)の様子を撮影したものです。

 1914年(大正3年)の東京駅開業以降、丸の内駅舎の中央口のこの場所は、皇室専用貴賓出入口となっているようです。

 ここには、「東京駅」と書かれた立方体の駅名標が設置されています。


 2016.11.12現在



丸の内中央口(改札口)
丸の内中央口(改札口)の様子

 東京駅の丸の内中央口(改札口)の様子を撮影したものです。

 丸の内北口および南口の改札口と比べると、少し小さめの改札口となっています。


 2016.11.23現在



丸の内南口
丸の内南口の様子

 東京駅の丸の内南口(品川・横浜寄り)の様子を撮影したものです。

 北ドーム内のレリーフと同様に、南ドーム内のレリーフも人目を惹く美しい造形となっています。

 なお、丸の内南口ホール内には、以下のとおり「原首相遭難現場」があります。


 2016.11.12現在
原首相遭難現場(丸の内南口)
原首相遭難現場

 東京駅の丸の内南口の切符売り場近く(丸の内南口ホール内北側)には、1921年(大正10年)11月4日に当時の原首相が襲われた「原首相遭難現場」があります。

 これは、当時の原敬首相が、原首相に不満を抱いていた者に襲撃された事件で、背景に謎もありそうな事件のようです。

 説明文が書かれたプレートが掲示されている壁面の少し手前側の床面に、原首相が襲撃された場所のマークが施されています。

 いずれにせよ、この頃から日本はこのような暴力の魔力に憑りつかれたかのような事件が次々に発生、軍部が台頭していき、苛烈な戦争への道へと進んでいってしまったような気がします。

 【戦前の日本における代表的な政治事件】
  ・濱口首相遭難事件…1930年(昭和5年)11月14日
  ・
五・一五事件(海軍青年将校反乱事件)…1932年(昭和7年)5月15日
  ・二・二六事件(陸軍青年将校クーデター未遂事件)…1936年(昭和11年)2月26日~2月29日
  ・1941年(昭和16年)12月8日…真珠湾攻撃・マレー作戦などにより太平洋戦争開戦

 2016.11.12現在





東京ステーションホテル
東京ステーションホテル(丸の内側入口)

 東京駅の丸の内駅舎内(赤レンガ駅舎内)にある「東京ステーションホテル」の入口です。

 「東京ステーションホテル」は、東京駅開業の翌年の1915年(大正4年)11月2日に、当時の日本初の西洋料理店「築地精養軒」に営業が委託される形で開業されたそうです。

 現在は、JR東日本ホテルズ(JR東日本ホテルチェーン)に属し、2016年にはアメリカの経済紙「フォーブス」が発表するトラベルガイドで4つ星を獲得したそうです。

 (※詳細「Wikipedia」参照)

 2016.11.12現在


日本海軍「伊号潜水艦の潜望鏡」と考えられていた丸柱

 1945年の戦災により一時休館して1951年に営業を再開してから、2006年の丸の内駅舎復原工事のために休館するまでの間、「東京ステーションホテル」南ウィング1階にあって中2階の床を支えていた、日本海軍の「伊号潜水艦の潜望鏡」と言い伝わっていた丸柱です。

 東京駅の丸の内側構内に展示されていたもので、近年の調査により日本海軍の「伊号潜水艦の潜望鏡」である可能性がほとんど無くなったものの、長年の言い伝えによりお客様に親しまれてきたものであるため、ここに展示保存されることになったようです。

 2016.11.12現在




東京駅の歴史や丸の内駅舎保存・復原工事について紹介するパネル
東京駅の歴史や復原工事について紹介するパネル

 東京駅の丸の内南口から中央口付近にかけて、東京駅の歴史や丸の内駅舎の保存・復原工事について、写真入りで紹介する多くのパネルが設置されていました。


 2016.11.12現在



創建当時のものと思われるレンガ壁



赤煉瓦ドーム
赤煉瓦ドーム

 東京駅構内の丸の内中央口付近にある「赤煉瓦ドーム」と書かれた銘板が取り付けられていた建築物です。

 この建築物の裏側(西側・皇居側)が、ちょうど丸の内中央口の皇室専用玄関がある場所あたりなので、この建築物はそのことと関係があるものなのかもしれません。

 あるいは、東京駅丸の内駅舎(赤レンガ駅舎)の中にある「東京ステーションホテル」の施設の一部なのかもしれません。

 2016.11.12現在





東京駅中央通路
東京駅の中央通路の様子

 東京駅の中央通路の様子を撮影したものです。

 東京駅は、東海道新幹線と東北新幹線の起点駅で、プラットホームの数は日本一、1日当たりの列車発着本数は約3000本という巨大ターミナル駅で、非常に多くの人達が行き交う場所となっています。

 中央通路沿い(Central Street[セントラルストリート])には、洋菓子・和菓子などのスイーツ、お土産品や弁当を扱う多くの店があり、にぎわいを見せています。


 2016.12.10現在



東京駅の記念写真用パネル
東京駅の記念写真用パネル
(←写真左)

 東京駅構内の丸の内南口から中央口の間くらいに、観光地などでよく見られる記念写真用のパネル(顔出し看板)が設置されていました。

 パネルの後ろ側から顔を出して記念撮影ができるようになっています。

 東京駅の丸の内駅舎(赤レンガ駅舎)を背景に、右上にJR東日本東京駅公認キャラクター「ドームくん」が、右下には新幹線車両の「E5系」、「E6系」、「E7系」が配されたデザインとなっています。


 2016.11.23現在
新幹線「E5系」と「E6系」の記念写真用パネル
(←写真左)

 京葉線のりば方面地下1階の京葉地下八重洲口付近に設置されていた、新幹線「E5系」と「E6系」の記念写真用のパネル(顔出し看板)です。

 土曜日ということもあってか、多くの家族連れの方や外国からの訪問客の方達が利用されていました。


 2016.12.10現在
新幹線「E7系」の記念写真用パネル
(←写真左)

 同じく、京葉線のりば方面地下1階の京葉地下八重洲口付近に設置されていた、新幹線「E7系」の記念写真用のパネル(顔出し看板)です。

 こちらも、多くの家族連れの方達に人気のパネルとなっていました。


 2016.12.10現在



1914年創建当時の床(市松模様)タイル
1914年創建当時の床(市松模様)タイル

 東京駅構内の丸の内南口から中央口の間くらいに展示されていた、1914年(大正3年)の東京駅創建当時の市松模様の床タイルです。


 2016.11.12現在





東京駅構内の郵便ポスト
東京駅構内の「赤レンガ駅舎」郵便ポスト

 東京駅の丸の内中央口付近にある、東京駅の赤レンガ駅舎がデザインされた郵便ポストです。

 この郵便ポストの写真左側の赤色の投函口「風景入通信日付印希望」に郵便物を入れると、東京中央郵便局の風景印(日付印・消印)が押印されて郵便物が配達されるようです。

 風景印は、東京駅の丸の内駅舎(赤レンガ駅舎)の丸の内南口と思われるものと、旧東京中央郵便局敷地に建設された超高層ビル「JPタワー」が描かれたものとなっているようです。


 2016.11.12現在



東京駅丸の内駅舎 オリジナルプリントシール
東京駅丸の内駅舎 オリジナルプリントシール

 東京駅の丸の内中央口付近にある、「東京駅丸の内駅舎 オリジナルプリントシール」です。

 人物を中心に、背景に東京駅丸の内駅舎(赤レンガ駅舎)やSL、新幹線などを選択し、思い出の記念写真が作成できるようです。


 2016.11.12現在



中央線 0キロポスト(1番線・2番線)



東海道本線・東北本線 0キロポスト(3番線)



東海道本線・東北本線 0キロポスト(4番線と5番線の間)
4番線と5番線の間にある「0キロポスト」

 東京駅の4番線(山手線・内回り)と5番線(山手線・外回り)の間にある「0キロポスト」は、東海道本線と東北本線の「0キロポスト」となっているようで、立派なつくりとなっています。

 この「0キロポスト」には、「起点 国鉄キロ程基準原標 昭和44年12月20日作成 東京駅開業55周年記念」と書かれています。


 2016.11.23現在



東海道本線・東北本線 0キロポスト(6番線と7番線の間)
6番線と7番線の間にある「0キロポスト」

 東京駅の6番線(京浜東北線・南行)と7番線(上野東京ライン・北行下り)の間にある「0キロポスト」は、東海道本線と東北本線の「0キロポスト」となっているようで、こちらも立派なつくりとなっています。

 上の2枚の写真が6番ホームから撮影したもので、こちら側から見る「0キロポスト」の台座部分には、「JR JUNE 23 1996」と刻印されていますので、この「0キロポスト」は1996年(平成8年)6月23日に設置されたものと思われます。

 下の2枚の写真は、7番ホームから撮影したものです。

 2016.11.12現在





東海道本線・東北本線 0キロポスト(8番線・9番線)
8番線と9番線にある「0キロポスト」を示すものと思われるマーク

 いずれの写真も、東京駅の9番ホーム中ほど(東海道線・南行下り)にて撮影したものです。

 8番ホーム(上野東京ライン・北行下り)の縁の垂直面部分には、手書きと思われる「0キロポスト」を示すマークが白い文字で「東海 0k 東北」と書かれていました。

 また、9番線(東海道線・南行下り)の線路道床部には、「0キロポスト」を示していると思われる「0-0-0」の文字が書かれていました。

 2016.12.02現在





東海道本線・東北本線 0キロポスト(10番線)



横須賀線・総武線 0キロポスト(総武地下ホーム 1番線・4番線)

横須賀線・総武線地下ホームの1・2番線島式ホーム上にある「南北」を示すタイル

 東京駅の横須賀線・総武線地下ホームの1・2番線島式ホーム上には、「南北」を示すタイルが設置されています。

 地下ホームを歩くときには方向感覚を失いがちかもしれませんので、こうした方角表示があると役に立つ場面もありそうです。

 2016.12.10現在





京葉線 0キロポスト(京葉地下ホーム 1番線・3番線・4番線)
京葉線地下ホームの1番線にある「0キロポスト」

 東京駅の京葉線地下ホームの1番線にある「0キロポスト」を撮影したものです。

 また、京葉線の1・2番線島式ホーム上には、「0キロポイント(0km POINT)」と書かれ東京駅の丸の内駅舎(赤レンガ駅舎)が描かれたプレートが埋め込まれています。

 説明文には、「京葉線は都心と千葉県湾岸部を結ぶ路線として二度の延伸を経て、1990年(平成2年)3月に東京~蘇我間の全線で開業をしました。臨海都市をつなぐ総延長43.0kmの路線の起点を表す『0キロポスト』が、この地点の線路脇に設置されています。」と書かれています。

 なお、同様のプレートが京葉線3・4番線島式ホーム上にも埋め込まれています。

 2016.12.10現在



京葉線地下ホームの3番線にある「0キロポスト」を示すマーク

 東京駅の京葉線地下ホームの3番線にある「0キロポスト」を示すマークを撮影したものです。

 2016.12.10現在



京葉線地下ホームの4番線にある「0キロポスト」

 東京駅の京葉線地下ホームの4番線にある「0キロポスト」を撮影したものです。

 2016.12.02現在





東海道新幹線 0キロポスト
14番線
15番線
16番線
16・17番線島式ホーム
16・17番線島式ホーム上にある新幹線起点レリーフ

 東京駅の東海道新幹線16・17番線島式ホーム中ほどのホーム床面には、新幹線の起点と東西南北の方位を示すレリーフが設置されています。

 このレリーフと同様のものが、東海道新幹線18・19番線島式ホーム上の床面にも設置されています。


 2016.12.02現在
17・18番線
18番ホームから見える「0キロポスト」

 東海道新幹線の17番線と18番線の間にある「0キロポスト」を、18番ホームから撮影したものです。

 円盤ドーム形で「0KM」と書かれ、東海道新幹線開業当初に走っていた「0系」新幹線の先頭部を想い起こさせるデザインとなっています。

 2016.12.02現在


18・19番線島式ホーム
18・19番線島式ホーム上にある新幹線起点レリーフ

 16・17番線島式ホームと同様に、18・19番線島式ホーム上の床面にも、新幹線の起点と東西南北の方位を示すレリーフが設置されています。


 2016.12.02現在
十河信二氏の記念碑
(←写真左)

 東海道新幹線の18・19番線島式ホームの南端側(品川・新横浜寄り)には、十河信二氏(そごうしんじ)の記念碑が設置されています。

 十河信二氏は、第4代日本国有鉄道(国鉄)総裁で新幹線建設計画を主導・推進し、「新幹線の父」と呼ばれているそうです。

 記念碑の右下部分には、十河信二氏の座右の銘「一花開天下春」が書かれているようです。

 (※詳細「Wikipedia」参照)


 2016.12.02現在
19番線



東北・上越新幹線 0キロポスト
20・21番線
20番線にある「0キロポスト」

 東北・上越新幹線の20番線の枕木上にあった「0キロポスト」に該当すると思われる構造物と、金網の柵(フェンス)に取り付けられていた「0キロポスト」(0K000)を示す標識です。

 20番ホーム中ほどにて撮影したもので、写真奥側に見えるホームは東海道線(上野東京ライン)10番ホームになります。

 2016.12.02現在


21番線にある「0キロポスト」
(←写真左)

 東北・上越新幹線の21番線の枕木上にあった「0キロポスト」に該当すると思われる構造物です。

 21番ホーム中ほどにて撮影。


 2016.12.02現在
20・21番線島式ホーム上にある新幹線起点レリーフ

 東京駅の東北・上越新幹線20・21番線島式ホーム中ほどのホーム床面には、新幹線の起点を示すレリーフが設置されています。

 六角形を19個(1+6+12)用いた平面充填形(ハニカム)となっていて、中心部の六角形には「0Km POINT」(ゼロキロ ポイント)と表示されています。

 このレリーフと同様のものが、東北・上越新幹線22・23番線島式ホーム上の床面にも設置されています。

 2016.12.02現在


22・23番線



5・6番線ホームに保存されている東京駅開業当時の2本の鋳鉄製柱
東京駅開業当時の2本の鋳鉄製柱

 東京駅の5・6番線島式ホームの南端側(有楽町・品川寄り)にある、東京駅開業当時の2本の鋳鉄製柱です。

 写真右側が5番ホームで山手線外回り「品川・渋谷方面行」、左側が6番ホームで京浜東北線南行「品川・蒲田方面行」になります。

 現在の東京駅5・6番線ホームは、1914年(大正3年)の東京駅開業と同時に設置された旧「第二乗降場」で、戦災の影響などにより屋根の大部分は失われたそうですが、鋳鉄製柱14本を含む一部は、2015年まで開業当時の状態のまま使用されていたそうです。

 しかしながら、長年の使用により付け替えの必要性が生じたため、この2本だけは残し、開業当時の姿を後世に伝えるためにホームに保存することとされたようです。

 2本の柱の下部には、「明治四十一年」(1908年)と文字が鋳造されていて、東京駅の建設工事が本格化した1908年(明治41年)と一致することになります。

 右上の写真は、2本の柱の脇に設置されていた案内パネルですが、東京駅開業当時のプラットホームの写真が掲載されていました。

 (※詳細は右上の写真の案内パネル説明文参照)

 2016.11.12現在


東京駅開業当時の支柱と今を往く電車
(←写真左)

 6番ホーム上の東京駅開業当時の支柱と、その脇を行く現代の京浜東北線の電車「E233系1000番台」です。

 この支柱は東京駅開業の1914年(大正3年)以降、100年以上にわたって東京駅を往来する蒸気機関車、電車、その各時代の人々、ひいては日本の歴史を見てきたかと思うと、感慨もひとしおです。


 2016.11.12現在



浜口首相遭難現場
浜口首相遭難現場

 東京駅の新幹線中央乗換口付近のコンコースには、1930年(昭和5年)11月14日に当時の濱口雄幸(はまぐち おさち)首相が襲撃されたことを記す「浜口首相遭難現場」の説明プレートと襲撃場所を示すマークがあります。

 これは、日本と欧米の国力の差を知り軍縮に賛同する当時の浜口首相が、軍備拡張を推進したい軍部や野党の反対を押し切ってロンドン海軍軍縮条約を結んだことに対し、不満を抱いていた者に銃撃された事件です。

 襲撃犯の動機がその後の日本の行く末を暗示するかのようなものとなっていて、激動の時代だったとはいえ、日本は最終的に苛烈な戦争への道へと進んでいってしまったような気がします。

 コンコースの円柱には説明文が書かれたプレートが掲示されていて、浜口首相が襲撃された東海道本線の旧第4ホーム(現在の東海道線10番線)の下あたりの場所には、襲撃された場所を示すマークが床面に施されています。(写真黄色い矢印の部分)

 【その後の戦前の日本における代表的な政治事件】
  五・一五事件(海軍青年将校反乱事件)…1932年(昭和7年)5月15日
  ・二・二六事件(陸軍青年将校クーデター未遂事件)…1936年(昭和11年)2月26日~2月29日
  ・1941年(昭和16年)12月8日…真珠湾攻撃・マレー作戦などにより太平洋戦争開戦

 2016.11.12現在





東京駅八重洲口 グランルーフ GRANROOF
東京駅八重洲口「グランルーフ」(GRANROOF)

 2013年(平成25年)9月に完成した、東京八重洲口の新たなランドマーク「グランルーフ」(GRANROOF)です。

 「グランルーフ」は、JR東日本が主体となった「東京駅が、街になる。」というキャッチフレーズのもとに進める東京駅周辺整備プロジェクトの一環として建設され、「グラントウキョウノースタワー」と「グラントウキョウサウスタワー」をつなぐ「光の帆」をデザインモチーフとした長さ=約230mの大屋根とペデストリアンデッキを有し、各種店舗と「みどりの窓口」などが入居する施設となっているようです。

 デザインコンセプトは、世界的建築家の「ヘルムート・ヤーン」氏によるもので、地下1階から3階の商業施設には、レストランやカフェなどの各種店舗が展開されているようです。

 2016.12.10現在






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