小和田駅前「愛の椅子」と結婚式場跡は小和田発ラブストーリーの歴史 
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 このページでは、現在では飯田線の秘境駅として知られる小和田駅の近くに現在も遺る「愛の椅子」と、1993年6月6日に当駅にて
結婚式が挙式された跡地について写真画像などを掲載し、小和田駅が「御成婚ブーム」に沸いた歴史をご紹介しています♪

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小和田駅(小和田-中井侍)
こわだ


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愛の椅子
結婚式場跡
製茶工場跡
住居跡
遺棄された
ダイハツ ミゼット
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飯田線の小和田駅近くにある「愛の椅子」
小和田駅前「愛の椅子」

 現在は飯田線の秘境駅として知られる小和田駅で下車して、駅前西側にある「散策道」を下りて行くと、まず目にするのがこの東屋にある「愛の椅子」です。

 上の写真は、「愛の椅子」がある東屋を入口側(東側)から撮影したものです。

 この東屋と椅子は、1993年6月6日に、ここ小和田の地で結婚式を挙げるカップルに第一に利用してもらうために当時新設されたもののようで、臨時列車「花嫁号」(165系との情報有り)で水窪駅から小和田駅に到着された新郎新婦さんは、この椅子に実際に座られたようです。

 現在の徳仁天皇陛下(なるひとてんのう)が皇太子時代に小和田雅子様(おわだ まさこ さま/現在の皇后)と1993年6月9日に御成婚された時に、小和田駅(こわだえき)の駅名表記が、読み方は異なるものの、雅子妃の名字と当駅の漢字表記が「小和田」で同じということで、当時一時的に小和田駅が注目され、来訪者が増加した時期があったそうです。

 小和田駅に限らず、当時の御成婚にあやかった世間の熱狂ぶりは「御成婚ブーム」とも呼ばれるようです。

 そのような時期に、当駅の所在地となっていた旧水窪町が、小和田駅で結婚式を挙げたいカップルを募集したところ、全国から48組のカップルの応募があり、選ばれたお2人が実際にここ小和田駅の地で挙式を執り行ったそうで、その時の写真が今も小和田駅の駅舎内に掲示されています。

 2022.06.29現在



「愛の椅子」がある東屋内の様子

 かつては、この椅子に座ると、センサーが反応して天井のスピーカーから音楽が流れるというギミックが設置されていたのだそうです。

 スピーカーやセンサー、配線などの装置類は現在も残っていますが、現在はこの椅子に座っても、かつてのように音楽が流れるということはないようです。

 座ってみたわけではありませんが、椅子に近づいても何も変化はありませんでした。

 2022.06.29現在~天気は夏日
 (以下に掲載する写真は、特に記述が無い限り同日のものです)


愛の椅子

 椅子には、「小和田発ラブストーリー 愛 お二人の幸せを呼ぶ椅子」と書かれています。

 椅子の中央に大きく書かれた「愛」の赤い字は、写真ではかなりわかりづらくなっていて、だいぶ退色してしまっているようです。

 椅子をよく見てみると、椅子は大きな椅子1つとして単純に出来ているのではなく、2つの椅子が寄り添うようにつながって作られて、1つの大きな椅子になっていることがわかります。

 なかなか作り手の2人の愛を表現するアイディアと優しさがこもった作りとなっていると思います。

「愛の椅子」東屋内天井にあったスピーカーらしきもの

 黒っぽい球形のものが、かつてスピーカーとして機能したものと思われます。

 そのスピーカーらしきものの写真左下にセンサーらしき装置が見えています。

「愛の椅子」東屋内の天井近くにあったセンサーらしきもの

 天井近くの柱には、センサーらしき装置が残っていました。

配線のコードらしきもの
(←写真左)

 「愛の椅子」の手前側の床面には、かつて東屋内のスピーカーとセンサーなどに電源(電気)を供給していたものと思われる配線コードの先端が残っていました。

 現在この配線は、電気が止められているものと思われます。
「愛の椅子」東屋を北東側から見る

 上の写真は、「愛の椅子」がある東屋を、住居跡近くの東屋下方から撮影したものです。

「愛の椅子」東屋前あたりから北方向を見る

 上の写真は、「愛の椅子」がある東屋前辺りから下方に見える風景の様子を撮影したものです。

 階段を下りて行った先の写真左側(西側)には製茶工場跡が、右側(東側)には住居跡があります。

 写真奥方向(北方向)にさらに下っていくと、天竜川が流れています。

「愛の椅子」東屋を北東側下方から見る

 上の写真は、「愛の椅子」がある東屋を、住居跡近くの東屋下方から撮影したものです。

 写真ではわかりにくいですが、写真左上奥の樹木の間の先には、飯田線の架線が見えています。

 また、写真中央下あたりに見える円形の看板には、江戸時代の消防組織の火消(ひけし)が持っていた纏(まとい)を持ったリスのような動物が描かれ、「たき火 たばこに注意」と書かれています。

「愛の椅子」東屋を東側(駅舎側)から見る

 写真左奥に見えるのが「愛の椅子」東屋です。

 写真右下のほう(北方向)に続く散策道を進んでいくと、製茶工場跡、住居跡、遺棄されたダイハツ ミゼットを見ることができます。


「愛の椅子」東屋がある場所あたりから駅舎方向(東方向)を見る

 写真中央奥のほうに小和田駅の駅舎が見えています。

 写真奥のほうに見える駅舎から、手前側(西方向)に続く散策道を下りてくると、「愛の椅子」東屋があります。

 駅舎と「愛の椅子」東屋は、それなりに高低差があります。






結婚式が行われた主要会場跡
かつて結婚式の主要会場となった場所は現在は広場に

 1993年6月6日に、ここ小和田駅の地で1組のカップルの結婚式が行われたわけですが、当時の写真を見ていると、どうやら上の写真の小和田駅下方にある、現在は空き地で広場のようになっている場所が、結婚式のメイン会場になったものと思われます。

 この場所は、小和田駅前の現在の散策道を下りて行って、右手側、おおむね「愛の椅子」の東側にあります。

 当時の結婚式の様子を撮影した写真を見てみると、小和田駅前の「愛の椅子」までに至る現在の散策道や、この広場(当時の結婚式主要会場)の周囲は、今では信じられないほどの多くの人で埋め尽くされ、幟も立てられ、この場所には確かに屋根付きの建物(写真では壁面はほとんど無し)がありました。

 この結婚式では、新郎は束帯(そくたい)、新婦は十二単(じゅうにひとえ)での挙式であり、約1,000もの人(約800人という情報も有り)がここ小和田駅の地に訪れたそうで、水窪町内で行われたオープンカーによる新郎新婦のパレードには、お2人が一般の方にもかかわらず、およそ1万人もの人がお2人のパレードに日の丸を振ったそうです。

 ちなみに、この場所で結婚式を挙げられた当ご夫妻は、まだお元気な御様子で、当日は挙式後に記者会見が開かれたり、大勢の人に日の丸を振られて、とても驚いたそうです。

 また、その後も、当ご夫妻は、徳仁天皇陛下と雅子様に御節目があるごとに、マスコミから取材を受けることがあったそうです。



結婚式場跡にあったコンクリートの基礎跡①

 結婚式のメイン会場となったと思われる場所には、現在は、かつて住居などの建築物があったことを示すコンクリートの基礎跡が残っています。

 上の写真は、現在の広場となっている場所の中央部あたりにあったものです。

 当時の結婚式の様子を撮影した写真を見てみると、この場所に確かに屋根付きの建物(写真では壁面はほとんど無し)がありました。

 ただし、写真のコンクリート基礎が結婚式当時の建物のものなのか、それよりも古い時代にあった建物のものなのかは不明です。

 また、ネット上で見た古い写真では、結婚式が行われた約8年後の2001年11月時点において、この場所に黒っぽい屋根を持つ東西に伸びた建物と水色の屋根の建物があったようです。

 その建物が、1993年6月6日の結婚式の主要会場になったものと推測されます。

 かつての写真(いつ撮影されたかは不明)を見てみると、いずれの建物も、屋根と床、そしてほとんどが柱(一部壁面有り)という簡素な造りだった可能性があり、風雨に吹きさらし状態だったとすると、朽ちるのは早かったと思いますので、現在はここにあった建築物が撤去されているのだと思います。


結婚式場跡にあったコンクリートの基礎跡②

 上の写真は、現在の広場になっている場所の一番奥側(東側・中井侍方)にあった、コンクリートの基礎跡の様子を撮影したものです。

 左上の写真同様に、写真のコンクリート基礎が1993年6月の結婚式当時の建物のものなのか、それよりも古い時代にあった建物のものなのかは不明です。







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